2012年02月10日

放射線測定器と日本の原子力委員会

X線による診断が普及し始めた1930年ごろ、X線の許容線量の国際勧告が専門機関によって初めて出されたが、そのときの値は1日に0.2レントゲンであった。

許容線量をさらに切り下げるべきだという議論が国際的におこったため、アメリカでは原子力発電所の環境基準として、敷地周辺において1年に0.05ミリシーベルト以下、人口大集団での平均では0.01ミリシーベルト以下にすることを1972年に決めた。

日本では現在、放射線の許容線量は法令によって定められている。

1977年の国際勧告をもとに決められたもので、職業人に対しては1年に50ミリシーベルト、一般人にはその50分の1を最大許容量としている。

職業人とは放射線を扱う職場で働く人で、彼らの安全のため、個人の被曝する放射線量の測定と定期的な健康診断を義務づけ、十分な防護措置や遮蔽環境などが設けられている。

日本の原子力委員会もそれに倣って1975年(昭和50)に原子力発電所周辺の線量目標値を1年に0.05ミリシーベルトとすることを決定した。

人間は6シーベルト以上の線量を全身に浴びると、ほとんどの場合死亡する。
5シーベルトだと、病院の手厚い看護を受けても死亡する場合が少なくない。

ところが1シーベルト以下だと、ほとんど自覚症状も出ない。

そして0.25シーベルト以下であると、血液検査など通常の臨床検査では異常を認めることができない。

しかし、急性障害はおこらなくても、低い線量でも放射線障害は決してゼロにはならず、遺伝障害や晩発性障害のリスクが残ることが明らかになってきた。放射線の恐ろしさ、障害防止のむずかしさが認識され、許容線量の切り下げの歴史が始まった。
ニックネーム まつげエクステ東京 at 23:20 | まつげエクステ